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ディジタル化について

ディジタル化という技術の何がそんなに役に立つのか? 一般によく理解されていない気がする

1.ディジタル化

『ディジタル化によって、世の中に大きな進歩があった。』といわれても、専門の技術者以外にはあまりピンとこないのではないかという
気がする。ディジタル化が一般の人の目に触れるように大きく取り上げられたのは、テレビ放送がアナログ放送からディジタル放送に
切り替わった時である。ところが、テレビがディジタル放送に切り替わっても大して変わったようには見えない。
そのせいで、ディジタル化というのが一般の人に過小評価されているのではないか、ということが気になる。

私はディジタル化に密接に関係する、磁気メモリーのひとつであるハードディスク装置(HDD)の開発と製造に長年携わってきた。
私が長年携わってきた、HDDを含む『メモリー』の発展(小型化、高速化、低価格化)が、今日のデジタル技術の展開に大きく貢献してきた
と思っている。
『ディジタル化というのは、テレビ放送のディジタル化よりずっと前から、着々となされ、世の中を一変させるような画期的な
変化を起こしているのだ。』ということを、技術者以外の一般の人に、もっとよく理解してもらいたいという思いが強い。

物の数量を表すとき、例えば円周率πは、アナログ数値で表せば小数点以下が無限に続く数値である。無限に書くわけにはいかないから、
何桁かに限らなければならない。小数点以下3桁以降は切り捨てという形で表すとπ=3.14となる。
『この何桁かに限る』という動作そのものが『ディジタル化』という言葉の意味なのである。これだけなら、昔から使われている切り捨て、
切り上げ、四捨五入であって、何も新しい意味はない。それを2進数に変換してはじめて『ディジタル化』が大きな意味を持つようになる。
2進数への変換がどのような効果を生むのか? ディジタル化の効果から順次考えてみよう。


2.ディジタル化の効果

 2.1.あらゆるデータをコンピューターで処理することができるようになる。
     コンピューターの中では文字も含めてあらゆるものが2進数に変換されて取り扱われるからである。

 2.2.あらゆるデータを通信回線でやりとりできるようになる。
     デジタル通信回線ではコンピューターと同じく、あらゆるものが2進数に変換されて取り扱われる。

 2.3.あらゆるデータを半導体素子か磁気素子かのいずれかの媒体に記憶できるようになる。
     アナログでは音はレコード盤、画像は写真用フィルム、文書は紙、というふうにそれぞれに異なった媒体が必要だったが
     ディジタルデータは、半導体記録素子又は磁気記録素子というコンピューターと同一の記録媒体に保存できる。

 2.4.記録媒体が共通化されたことにより、厄介な専用再生装置が不要になり、コンピューターで再生可能になった
     アナログでは音はレコード盤、画像は写真用フィルム、文書は紙、というふうにそれぞれに異なった媒体が必要だったが
     ディジタルデータは、半導体記録素子又は磁気記録素子というコンピューターと同一の記録媒体に保存できる。

 2.5.ディジタルデータは劣化しない。
     アナログデータは、経年変化とか、再生する毎に起こる媒体の摩耗、伝達する途中でのノイズ混入などにより劣化が起きる。
     ディジタルデータはこの種の劣化を起こさない。

どの項目をとっても重要な効果であるが、私個人の意見としては、
2.3,2.4項が最も大きいと思う。
2.1,2.2項は、機器の小型化・モバイル化に大きく貢献している。
2.1項は、大量記憶、高速処理などにより、技術の質的高度化に寄与している。

 従来のアナログ技術では、例えば音はレコード盤にうねうねの溝を掘りつけて記録するため、特殊な媒体に保持する必要があった。

 映像に関しては、アナログ技術では、カメラを使ってフィルム(光りの強さに応じて化学変化を起こす物質・ハロゲン化銀の薄膜を
塗布したプラスティックフィルム)に光の強弱を転写し、これを化学薬品に浸して、光りの強弱に還元して人が見える形にするという
手順が必要である。媒体はハロゲン化銀をコーティングした写真用フィルムという専用媒体が必要であった。

 ただ、音声と画像については、アナログ磁気記録技術によって、カセットテープやビデオテープが商品化されていた時代があったので、
『ディジタル化によって記録媒体が共通化される』という利点が認識されにくくなった面がある。

 音声と映像という記録について述べたが、人間にとってもっと昔から続いている記録は、紙に文字で書かれた記録である。
『文字』を数値化するのは、一つ一つの文字に番号を割り当てれば済む。いくら種類と数が多くとも、コンピューターにとっては問題ない。

全ての情報は、『音と画像と文書』で表現される。
ディジタル化とは、『全ての情報をコンピューターで処理可能とし、通信網に乗せてどこへでも配信可能にする』技術であって、
IT(情報技術)社会の根幹を成す技術なのである。


3.ディジタルして初めて役に立つ技術

もっと昔からあるMRIとか、CTスキャンなどの高度な医療機器は、
『撮像機が吐き出すアナログ信号をディジタル化してコンピューターに送り込む』ことによって、初めて実現された技術である。
どちらも、多数の画像が撮影される機械であるが、その画像が瞬時にディジタル化されてコンピューターに送り込まれるからこそ
使い物になるのであって、多数のアナログ画像が吐き出されるだけなら使い物にならない。

 このように、ディジタル化は、単にテレビ放送のディジタル化という、最近起こった身近な変化だけはない、
大きな技術の進歩を担っている技術なのである。
遺伝子工学とか、IPS細胞とかも『ディジタル化』の助けがあってあって初めて大きな成果をえられているのである。


4.コンピューター

 コンピューターはハードウエアとソフトウエアからなっている。
 ハードウエアは、マンマシンインタフェースを司るキーボードとディスプレイ、内部動作を司る演算素子と記憶素子からなっている。
 ソフトウエアは、ハードウエアの動作を支配する基本ソフトと、個々の仕事にかかわるアプリケイションソフトからなっている。
 ハードウエアの中を流通する信号は全てディジタルの2進数値である。したがって、プログラムも最終的には全て2進数値に変換される


4.1 コンピューターと2進数の親和性

 我々は子供の頃から10進数だけに慣れ親しんでいるから数値といえば10進数と思いがちである。
だが、それは一桁の数値が0〜9の10段階あるという意味であって、一桁の数値が0と1の2段階だけの2進数もあり、
0〜5までの6段階の6進数もある。目的に応じて使い分ければ良いのだということを忘れがちである。

10進数で18という数字は、1*10^1+8*10^0という意味である。これを同様に2進数で表示すると、

X=A*2^5+B*2^4+C*2^3+D*2^2+E*2^1+F*2^0 A〜Fは0か1のどちらかでなければならないから、
A=0、B=1、C=0、D=0、E=1、F=0 で、 010010ということになる。

 コンピュータが2進数を好むのは、ひと桁がが0と1の2段階しかないからである。10進数は一桁の中が10段階に分かれている。
人間には10段階を区別するのが大して難しいことではなくても、機械であるコンピューターには至難の業なのである。
 2進数であれば、ひと桁は2段階、演算素子である半導体ならONかOFF、記憶素子である磁石ならNかSだけの区別である。
ひと桁に1素子を対応させれば良い。
ソフトウエアは、はどの素子に何をさせるかという命令を2進数の数値として順番に書いてある。
ややこしいことはともかく、コンピューターは2進数だけを理解し、処理し、記憶する機械である。
コンピューターに何かをさせるためには2進数に変換して与えなければならないということである。

010010という数字を、
半導体素子に記録すれば、OFF ON OFF OFF ON OFF となり、磁気素子に記録すればS N S N N S N ということになる。
ディジタル化の目的は、『限定桁数で表現』⇒『2進数に変換』⇒『コンピューターに入力』⇒『大量高速かつ複雑な処理』なのである。


4.2 コンピューターの演算素子と記憶素子の変遷

  最初に作られたコンピューターでは演算素子として『真空管』記憶素子として『磁石』であった。
  各々が高速化小型化の歴史の中で、
  演算素子は、真空管⇒トランジスタ⇒IC⇒LSI⇒超LSI という変遷をたどった。
  記憶素子は磁気コア⇒磁気ドラム⇒磁気ディスク(HDD)⇒フラッシュICメモリーという変遷をたどりが開発され、衝撃によって
  壊れやすく、小型化しにくい磁気メモリーに代わって、携帯電話などのモバイル電子機器の発展に寄与している。

  最近ではコンピューターの記憶素子としてよりも音楽や映像の記憶媒体となったCDやDVDを再生する光ディスクも重要である。


4.3 小型化

  ここまで書いていて、何か一番大事なことを書き漏らしているような気がしていたが、それは『小型化と低価格化』だ。
  私が40年近く心血をそそいできたのは、HDDの小型化と低価格化だった。それを言いたくてこれを書き始めたのだった。

  1970年、世界最大容量のHDDは100MBで2000万円、40インチの円板40枚を使い、2mX2mX1mの、4立方米で
  2トンの重量があった。
     1986年、3.5インチディスク4枚でで100MBを価格1万円、100mmX200mmX30mmまで縮めてようやく
  デスクトップパソコンで画像をハンドリングできるようになった。
  同一容量を、1/6000の体積に、1/1000の価格で詰め込んだことになる。

  2時間の映画を入れるのに5GBを要するDVDから見て、動画を扱うにはまだ容量がたりないし、
  ノートパソコンに入れるには寸法が大きすぎる。
  1998年には、2.5インチディスク使って10GBを15mmX70mmX100mm、体積を1/6に縮め、記憶容量を100倍
  に上げてノートパソコンに入れて動画を取り扱うことができるレベルのもになった。
  1970年に比べると、体積で1/36000、価格で1/100000になったわけである。

  ハードディスクの容量は継続して増え続け、2007年頃には300GBを越え、家庭用DVDレコーダーに組み込まれるようになった。
  2015年現在では、1テラバイトのものもある。2000年頃と、寸法、価格はかわっていないが、容量が100倍になった。
  1970年に比べて、記録担体である磁石1個の大きさは100万分の1、値段は1千万分の1に下がったことになる。

  一方、2000年代に入ってから半導体メモリー、フラッシュメモリーの容量が増え、価格が低下し、使えるようになった。
  モーターなどの機械部品を含むために、壊れやすく、持ち歩くのに向いていないハードディスクに代わって
  半導体メモリーカードが小型のデジカメや携帯電話などモバイル機器の発展をを支えている。

  2015年現在のメモリーカードは、32mmX24mmX2.1mmの中に最大500GB入っているから、同一容量のHDDに比べて
  約1/30の体積である。マイクロSDカードなら、11mmX15mmX1mmで更に1/10とHDDの1/300。
  32GB程度で済む携帯電話など小型のモバイル機器に最適のメモリーである。
  メモリー素子の小型化、低価格化なしには、今日のディジタル化、ICTの隆盛はなかったのである。




  もっと小さく、もっと安く、と叱咤激励されたりしたりの毎日だった頃、『自動車』という商品を、どれほど羨ましく感じたことか。
  50年前と同じ大きさで、しかも値段が高くなっても平気で売れるのだから。
  定年退職してから13年も経った今でも思い出す。

  テレビ放送のディジタル化以前に、音楽CD、DVDとして商品化された光ディスクは一般に馴染み深いディジタルメモリーである。
  音楽CDがLPレコードの1枚分に相当する700MB、DVDが映画2時間分に相当する4.7GBの容量を持っている。


5.ディジタルデータの安定性

アナログは再生するたびに劣化する。レコード盤は再生するたびに音のシャープさが鈍り、傷がついてクリック音がする。
ついにはシャーシャーと針音までが混入する。
アナログ映画は、画面に雨が降る。アナログ写真は色あせてセピア色になる。記録の細部から傷んでくるのだ。ディジタルは劣化しない。
ディジタルデータは、ひとケタを2段階で表示しているから、その2段階の判別がつかなくなるほどの劣化が生じない限り人間の感覚で感知
できないのである。しかし、一つのアナログ量は、何桁ものディジタル数値に変換されているから、上位のけたが毀損されると大きな乱れに
感じられてしまう。
そこでディジタルデータを記録する際には、ある区切りごとに数十ビットを付け加えて、数ビット〜数十ビット以内の誤りを自力で検出し、
自力で修復できるようにするための誤り訂正コード化(ECC)が施され一層の安定化が実現されている。


6.信号変換器

センサーと、AD/DA変換器はあまり表に出ない地味な存在であるが重要な機器である。
世の中に存在する物理量も、それを感知するヒトの感覚もアナログであるから、一旦ディジタルに変換して処理、記憶、通信したあと、
最終的にはアナログに還元しなければならない。

いろいろなアナログ量ををアナログ電気信号の強さに変換するのがセンサーである。
センサーから出力されるアナログ電気信号の強さを、ディジタル数値に変換するのがAD変換器である。
システムの中の機械を動かすのも、人間が感知できるのもアナログ量であるから、ィジタル数値を処理した後にものを動かしたり、
人に見える形のアナログ量に還元するDA変換器が必要になる。
いろいろな量をアナログ電気信号に変換するセンサーの多様化と、そのアナログ電気信号をディジタル数値に変換するAD変換器の
高速化が並行して進展したことによって、今日のデジタル化が支えられていること、ディジタルデータの環境変動に対する安定性は、
センサーと、AD/DA変換器の安定性に依存しているを忘れてはならない。
このことは、今後のIT社会を支えるためにも重要なことである。


7.ディジタル化の果実

6項までに述べたのは殆どがディジタル化に関連するハードウエアについてだけである。本当に役に立つのは、ディジタル化されたデータを
どうやって結合して統合化し、総合的に処理してどう活用するかという、システム化⇒ソフトウエア化如何にかかっている。
ところが、『ものづくり先進国』を自認して鼻高々の職人大国日本は、職人であるが故のハードウエア偏重と、
セクショナリズム大好きがたたり、ディジタル化の果実を摘み損ねて情報化後進国になってしまった。
今や、モノ造りだってシステム化なしにはやっていけなくなりつつある。家電メーカーの凋落はそれが原因ではなかろうか。
今絶好調の部品メーカー、IPS細胞の先端医療なども、システム化のさらなる推進を怠れば家電メーカーの轍を踏む。
役人に至っては、今ごろマイナンバーの採用可否を云々しているようでは、心もとない。
セクショナリズムの本家本元だから仕方ないかもしれないが、もたもたしていると、税金を納めることができる人がだれもいなくり、
税金で食っていく人ばかりになって、彼らの飯の種も尽きざるを得なくなるだろう。


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